2010年7月31日土曜日

本物の農業体験

茨城県の旧下館市、今は周辺地域との合併で筑西市になっているようだが、8月に一泊2日の予定で、この地域の4Hクラブが農業体験のイベントをする。4Hクラブとは若い農業者の集まりで、今でも全国各地で活動を行なっている。

さて、内容だが、収穫、豆腐づくりなどの体験、バーベキューを囲んでの交流会などとなっている。対象は農業に興味のある人だそうだ。

興味があるのは、「本物の農業体験  農業の大変さ、本当の楽しさを感じてみませんか?」というキャッチフレーズ。2日間の日程で、農業の大変さをどうやって体感できるのだろう。暑い夏の草刈りは重労働ではあるが、「農業の大変さ」はもっと違うところにあるようにも思える。

まぁ、大変さよりも楽しさを知ってそこからスタートしてもらうのが、将来の農業者にとっては大切なことなのだが。


2010年7月28日水曜日

田舎の体験はスローライフだけれど

三重県のグリーンツーリズムなど農業体験や農家民宿を紹介するページがある。
タイトルは「スローで行こう、三重の里 いなかの旅」
内容は、野菜など食材の収穫(調達)、調理まで行なう内容が多い。15分も待たされるとうんざりするレストランなどとは大違いの世界だ。、田舎での体験は時間がかかるものが多い。
これらをスローライフというらしいが、心のゆとりを持ちたいと思う人には大切なことなのだろう。私たちは、快適な暮らしとは思わないが、多くのことをやらなければいけない田舎の生活は、ものの成り立ちを教えてくれる。

例えば、水。濁りや、断水があると水道局などの担当者が修繕をしてくれる。ところが、そうでない場合は、自分たちで水源に行き、断水の原因を突き止め、ゴミが詰まっていれば除去しなくてはいけない。この作業工程は水道局がやろうが同じ手間である。しかし、水道になれればつい忘れてしまうものだ。

環境に興味を持ち、物事を総合的に見る力を養うことこそ、農業体験の本質ではないか。

2010年7月26日月曜日

農業体験は都会の人のためのイベントか?

このところ暑い毎日が続いている。夏休みを狙っての体験イベントが各地で行なわれている。
さて、この農業を中心にした体験ツアー、いつの間にかイベント化してきて本来の目的を見失っている地域も多くなった。
確かに楽しくなければ人は関心を持たないのだが、収穫だけ、稲刈りだけに来てもらうイベントはそれだけで終わってしまう気がする。例えば体験型ミュージアムと同じようなものだ。それが悪いとはいわないが、農業や農村にはもっと違った見方があるはず。金太郎飴のようなイベントはそろそろ考え直す時期に来ているのかもしれない。
鳥取県では、ヒエひき(草取り)を夏のプランに据えている地域がある。ゴミ拾いと同じで、地味で大変だが絶対に必要な作業なのだ。


2010年7月21日水曜日

田舎暮らしも農業体験も適当に

田舎暮らしを始めたいと思って地方の農業体験に参加してみる、一定期間その地域で暮らしてみる、様々な過程を通して田舎に住むことになる人は多い。しかし、収入の確保、田舎と文化が違いすぎてなじまないといった理由で、出て行ってしまう人が多いのも事実。そこで考えられたのが「交流居住」。総務省のホームページも紹介されている田舎暮らしパターンの一つだ。年に数回だけという「短期滞在型」から「長期滞在型」、1年の大半を田舎で暮らす 「ほぼ定住型」、平日は都会、週末は田舎で暮らす「往来型」、農業や林業を目指す人を育てる「研修・田舎支援型」。田舎暮らしのステップにも使えるが、余裕のある生活のために、都会の生活を残したままの暮らしも現実的選択ではないだろうか。




2010年7月7日水曜日

旅行会社が企画する農業 田舎体験

最近、旅行会社が企画する体験ツアーが増えている。普通の観光旅行は、価格競争が激しく、旅行業界も付加価値をつける企画が勝負を分ける要素になってきているらしい。
農業や田舎の生活体験ツアーは、地元の団体が企画自体を持ち込む場合と、旅行業者が主体となって企画する場合の二通りがあるようだ。前者の場合は、やはり地元を知り尽くした人たちが企画するので、素朴な体験となる。後者の方はやや、田舎のイメージを意識した、サービス型のイベントになってしまうところもあるようだ。どちらがいい問いというわけではないが、一度、旅行会社が販売している企画に参加するのも、手軽でいいかもしれない

農業体験と農業のあり方

農業体験というと、有機栽培や無農薬栽培をイメージしがちだ。実際、無農薬栽培を行なう農家が農業体験を扱っている例も多い。農薬を一切使わないスタイルは様々な手法があり、努力されている農家も多いが、やはり安定生産とコストを考え、農薬の使用をする農家が多数派をしめる。農薬については、国の厳しい基準があり、生産物の出荷時点での残留量は、原則ゼロである。原則というのは、今の測定器を使っても検出されないほどの微量なのは残っている可能性はあるということ。しかし、それも何百万分の1グラムというレベルの話だ。食の安全を考える上で、こういった慣行栽培での農業体験も貴重なものとなるだろう